仏教と自死に関する国際シンポジウム:外国から発表

リー・P・S(韓国、曹渓宗仏教カウンセリング研究所代表)

PSLeeatconf曹渓宗は韓国で一番大きな仏教教団。その教団のなかで、いのちを救うネットワークをつくっている。現代社会を見渡すと、急激な経済成長のあおりをうけて、過度な競争、貧富の格差、離婚率の増加、社会的な孤立が強まるなど、様々な社会的な問題がうまれている。韓国の自殺率は、1997年に急上昇、国際的な経済危機の影響を受けた結果といわれる。2003年〜2008年の間も上昇率が高かった。韓国はOECDのなかで自殺率が一番高い。13年間1位が続いている。自殺は社会的なつながり・連帯の欠如の結果だと考えられる。

韓国では自殺対策の取り組みが小さいながらに徐々にはじまり、近年徐々に自殺率は下がっている。しかし、まだOECDで1番高い。そのような中で仏教者が関わる自殺対策のキャンペーンがはじまっている。

仏教的なメッセージとして縁起は重要。他のいのちとつながりあっている。同じ時代を生きる私たちは助けあう責任があり、連帯する必要がある。また過去の人たちからのいのちのリレーがあってこそ、いま私のいのちがある。そして、次世代へのいのちをも預かっている。自分のいのち、他者のいのちをはぐくむことが大切。他者を救うことは自分を救うこと。苦しみ悲しみのない人生を歩むのではなく、苦しみ悲しみをどのように受け止めるか。苦しみ悲しみはよりよい人生にとって必要なことでもある。苦しみ悲しみの経験を通して、他者の苦しみに共感して欲しい。この世界を涅槃の世界に。

曹渓宗、仏教カウンセリング研究所では、自死・自殺の電話相談「ジャビィ」を開設。「ジャビィ」とは韓国語で慈悲のこと。1990年に開設、今では5つの回線をもっている。これまでに9万件の相談を受けている。

ボランティアを養成するために、様々な仏教アクティビティを活用している。瞑想、ヨガ、サマディ、サマタ瞑想など。もちろん、カウンセリングの方法論、発達心理学、自殺対策の理論やスキル、社会的な支援についても総合的に学ぶ。自死・自殺の問題は、複雑な課題だから多様な学びが必要不可欠。

グループセラピーをするさいに、僧侶がグループリーダーをつとめることも多い。寺院に宿泊をして、数日間のプログラムを行なったりもしている。

韓国では、精神科医やカウンセラーの診察は、ほぼ無料で受けられるため、相談しやすい。カウンセラーや精神科医は、西欧式の教育を受けているので仏教的なアプローチに対して肯定的な意見は少ない。マインドフルネスや仏教的な方法を学ぶ人は少ない。私たちは、社会への情報発信のために、キリスト教系の団体と一緒にイベントもしている。企業や行政と一緒に取組みを広げようとしている。一般の方々へ自殺の問題についての関心を広げていきたい。

今年の8月に、大統領府の前で、デモをおこなった。自殺の問題を、政府が重要視する100の案件のなかにいれることを訴えた。政府の予算のなかで、自殺対策の費用はとても少ない。もっと自殺対策に注ぐべき。個別の問題に留めるのではなく、社会的な問題として取り組む必要がある。

釋慧開(台湾、佛光山、南華大学学術副校長、佛光大学佛教学院院長)

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台湾では、政府から、教育機関において自殺対策に関わることが命じられている。台湾では若年層の自殺率が高く社会の大きな問題になり、政府主導で教育機関に自殺対策の指導がなされる。

佛光山は台湾で最も大きい仏教の団体。南華大学では、生涯教育を大切にしている。その内容は、身口意の三業にもとづく、教育をおこなっている。マインドフルネスの講座は、大学1年生の必須講義。ストレス発散の方法を学んでもらい、マインドフルネスに関心をもってもらう。また、いのちのありように関する講座もある。自殺予防の取り組みとして、カウンセリングセンターを中心に段階的にやっている。各予防の段階によって、目的や目標、人材のリソースも違う。精神疾患への知識をつけてもらい偏見をなくす。外部のリソースも期待される。自殺予防のゲートキーパー講座を開講している。学生や先生にもゲートキーパーになってもらう。メンターを育てる。問題解決する力を養う。教授陣や学生に対しても行われる。自分の性格がどのように社会や環境に影響を及ぼすことができるのかを見つめる。

危機的状況への対応。自殺念慮を抱えた方のリスクを評価する。病院とも連携している。広い窓口で多角的に関わることで自殺予防をする。電話相談などのサービスは一般にも開かれている。事後対応。自殺がおこったときに、他の学生のケアにも勤める。自殺がおこってしまったさいには、メディアへの対応、家族への対応、学生への対応など、広く支援する制度を整えている。飛び降り自殺を防ぐために、策をつけたり、ネットをつけたりしている。できるだけ自殺できる環境を減らす。サービスを行うだけでなく、自己の内省もうながすワークショップもおこなっている。人生を振りかえる、感謝の思いを抱くような内容。呼吸法の実践。生命の意味を教育する、インスピレーションを得るような機会をつくる。いのちのありように気づく。様々な自殺対策を多角的におこなっているがそれでもゼロにはならない。

人生の意味は、自分で求め続ける。シンプルな答えなんてない。人生を積み重ねることによって、人生の意味も変化する。学生に聞かれても、答えを与えることはできない。彼らに委ねられている。自分の人生のなかで、意味を求め続けなければならない。

天文師(香港、慈山寺カウンセリングセンター)

TianwenKyoto慈山寺は、2015年にできた。仏教の様々なアクティビティをしている。写経、キャンプ、リトリート、自然と関わる等など。

香港の人口は270万人で、そのなかで170万人が軽度のこころの病を抱えている。64万人が中度。20万人が重症だといわれている。ここ数年で18歳以下の若い人たちのなかでうつ病が33%増えたという報告もある。

仏教カウンセリングセンターは、慈山寺の開山と同時に、2015年に開設した。香港初の霊的なカウンセリングセンター。2015年から2016年の1年間で546件の電話相談をうける。感情的なストレス、精神疾患の問題、社会福祉のサービスに関する問合せ、愛する人を亡くした方からの相談などが主な内容。8割が女性、男性が2割。年齢は20、30代が多い。電話を受けるのはソーシャルワーカーが10人ほどで対応している。

医療従事者やソーシャルワーカーの研修に、仏教的な視点を取り入れている。智慧と慈悲という視点を活用したカウンセリング。生きとし生けるものは平等であり、仏性がある。我々はつながりあっている存在で、縁起の世界を生きている。

相談に来られた方に対して、ソーシャルワーカーは基本的に西欧式のプログラムを提供し、僧侶は仏教的な視点でカウンセリングをする。それぞれ補完しあっている関係。相手の状況を見ながらアプローチの方法を変えている。

相談者に仏教的な視点をもってもらうことは重要。仏教の観点をもつことで、日常の視点を変えることができる。

プラーワッテ・タンティピワタナスクン(タイ/国立タイ健康促進協会)

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タイの仏教者は、行政や病院と一緒に様々な活動を行なってきた。仏教は社会に影響を与えている。タイのお寺は地域コミュニティの中心になっている。タイの社会では寄付をすることも善なる行為として推奨される。

公衆衛生のなかでも、コミュニティリーダーとして仏教者の役割は重要。HIVの問題に対しても、宗教者の慈愛に満ちた活動によって、様々な問題が解決されていった。地域の課題に対して、宗教施設を貸したり、行政や病院と一緒に活動をしている。そういうコミュニティの活動に、宗教者も参加して、提言を発信している。あるいは、末期がん患者へのプロジェクトに宗教者が積極的に関わっている。精神的な困難を抱えている人は、マインドフルネスのプログラムに参加する人が多い。そのときにも宗教者の貢献は力強い。

精神衛生の分野では、心理学者や精神科医は認知行動療法やマインドフルネスを行っている。マインドフルネスの治療法は、これまで仏教寺院で行なっていた座禅のプログラムと通じている。しかし、欧米社会のマインドフルネスほどプログラムとして整っていない。

最近はサティアモデルというセラピーモデルに注目している。家族関係調整にも効果があるといわれる。このモデルは仏教ととても相性が良いと感じている。欧米の精神科医を招いて研修している。

マインドフルネスは、本人の気づきを促す。頭で理解するだけでは十分ではなく、生活に落とし込むことが必要。周囲のせいにするのではなく、自分自身の行為言動に目を向けることが大切。

自死念慮者は理想と現実のギャップに苦しんでいる。自己肯定感も低い。行動というのは内側の心の動きがあらわれている。内なる動きに目を向ける。そのようなプロセスによって、自分自身を受け入れることができる。そうすると他者に対しても優しさを差し向けることが可能となる。自分の心の痛みを無くするのではなく受け入れることが大切。

タイでは、一般の人が短期間出家することもよくある。公務員の仕事を休んで、3ヶ月間出家して僧侶として働いた。その経験は、自分にとって、とても大きな財産となっている。幸福というのは前向きな目標があることによっておこる。社会的な問題解決ではなく、心情の問題、心理的なアプローチが必要不可欠。

チョウシタ・パワスティパイシ(タイ、ラジャナガリンドラ研究所)

Chosita10代の頃に、仏教者の思想に感銘を受け熱心に勉強するようになった。しかし一方で、単に思想だけではなく、どのように生きていくのかと日常の生活に落とし込むことが必要だと考えた。そして、それを子どもに落とし込む必要性を感じた。どのようにすれば、食事や会話、些細な日常の動作を意識化することができるのか。心理学アプローチなどに、ヴィパッサナーメディテーションなど様々な仏教的な手法を取り入れている。

タイでは15歳〜35歳までの自殺者が多い。ティーンエージャーの悩みは、家庭内暴力、うつ病、インターネット中毒者、友人関係など。苦しみ悲しみをどのようにすれば受け止めることができるのか。不安や怒りが感情のなかでも大きな課題になる。感情の受け止め方を理解してもらうために漫画を活用している。

欧米式のセラピーをしても、処方薬が出されて終わりのケースが多い。抗うつ剤などの処方により、少し症状が良くなっても、また同じような症状を抱えることが多い。思考パターンが同じなので、また症状を繰り返す。薬の効き目は一定期間であり、結果として薬漬けになってしまわざるをえない。欧米的な心理学のアプローチだけでは限界がある。思考のパターンを変化させる。幸せな状態なのに、その幸せに気付いていない場合も多い。

子どもやティーンエージャーに対して、仏教的なアプローチを行なった。どんなアプローチが有効なのかは、一人ひとりに対して、個々の対応が必要。仏教の実践といっても、子どもたちは反抗する。退屈、面白くない。受け入れてもらえる形で提供しなければならない。仏教というと誤解される。タイで仏教は、お願いしにいくところ、あるいは、仏教は優れた人がおこなうものだと思っている。仏教は自分たちにも必要な教えなんだと思ってもらうことが重要。

国民の97%が仏教徒。仏教は、学校で勉強する科目だと思われている。仏陀のお母さんの名前は?などがテストにでる。子どもからすると仏教は退屈。あるいは、仏教をカウンセリングに取り入れようとしても、優秀な大人たちがやっていることで、子どもたちは自分には関係ないと思われる。

仏教の視点を取り入れて、苦しみ悲しみを自分から離して、中立的な立場にたってもらう。自分の考えていることと、現実のこととを区別する。自分のこころのなかの認知を変化させる。スタジアムからサッカーをみる感覚。自分の視点から少し離して自己をみつめるさいに、仏教の視点は役に立つ。自己否定が強まると、自分はいけない人だと思いこんでしまう。自分自身に対して慈悲の思いを注ぐ必要がある。

マインドフルネスを日常に取り入れると、ときおり嬉しく感じる瞬間、解放される瞬間、悲しい瞬間など、そのときどきの感情がわきおこる。その感情に意識を見つめることが重要。自分のなかに潜んでいる批判の心を見つめる。誤解や思考のスパイラルを見つめ直す。それを通して、生活をいかに改善していくのかを一緒に考える。

苦しみ悲しみから逃げないことも大切。苦しみ悲しみを受け止める。一時的に逃げたとしても、その苦悩はまたもどってくる。

子どもたちやティーンエージャーのセッションは一緒にすることが大切。宿題を与えてもやってこない。マインドフルな取組みを一緒におこなう。リラックスするテクニックを伝える。小さいこどもたちとは自然を一緒に散歩する。

ボーダナンダ(スリランカ、ミトル・ミツロ運動、青少年リハビリセンター創立者)

Bhodanandaスリランカは、世界で4番目に高い自殺率。40秒に1回、自死がおこる。何故私は生きているのか、という問いを自分自身で繰り返す。自殺率が高い理由は、内戦の影響。自殺者数は増え、未遂者は想像もできないほどに多い。アジアの仏教国は自殺率が高い。イスラム圏である中東は低い。社会的な規範がしっかりしている面が影響しているものと思われる。今日現在もその影響は続いている。捕虜になることを嫌い、自らいのちを断つ。苦悩の逃げ道として自死がなされるようになった。

自殺する方法として、スリランカでは農薬が一般的。アジアでは農業が中心なので、農薬はたやすく手に入る。しかも、農業は自然環境にとても影響を受けやすいので、ときによっては生活的に困窮する。農薬へのアクセスを規制しているが問題は解決されていない。

自殺念慮をもつまでに追い込まれると、正しいことと、正しくないことの判断ができなくなる。スリランカでも新しい自殺のトレンドが生まれている、Facebookによる自殺の問題。偽名でアカウントをつくり、何らかの人間関係が生まれる。ネット上での関係がもつれ、自殺に追い込まれる事例、就学している10代の学生、自死・自殺が増えている。SNSは多くの危険性をはらんでいる。

殺人はなぜ起こるのか、自殺はなぜ起こるのか。殺人者と自殺者はあらゆる形で似ているが、異なるところは怒りが内側に向かっているのが自殺、外側に向かっているのが殺人。

青少年リハビリセンターは、人生のセカンドチャンスをつくりたかった。仏教にもとづくリハビリ施設。我々のスタッフは、元薬物中毒患者。仏教では過去のおこないで判断しない。このセンターにいる人たちは、安心できる環境を整えることが大切。薬物中毒が克服できれば、自殺予防にも密接に通じる。

仏教は、普遍的な哲学を有している。この宇宙のはたらきの全てを発見した。四聖諦、縁起、八正道はマスターすべき日常生活のなかでも取り入れるべき方法。人生には苦難をもたらす障害が多くある。特に感情が大きい。これらを完全に無くすのは涅槃にいたるとき。宇宙のあらゆるネガティブな要因は感情に起因する。この感情をコントロールする術をもたないといけない。仏教を学び、シンプルな生活を行う。心を浄化する。心が全ての問題に起因する。心の外側ではなくて、心の内側に目をむける。プログラムでは、心を開くことを促す。自分の問題を周りと共有する。そのなかで他者との違いを認識する。薬物中毒を楽しい経験と認識するとそこに依存をしてしまう。感情との向き合い方、感情をコントロールする方法を、仏教にもとづいて学ぶ。

プラーギャ・チョウハン(インド、心理大学院生)PragyaKyoto

インドは文化特有の問題としてカーストに基づく差別が根強い。インド人は第七感があるといわれる。六感に加えて、カーストをかぎわける能力。差別による自殺も大きな課題にも関わらず、社会の問題として扱われづらい。法律上はもうカースト制度はないことになっているが、意識のなかでは強く残っている。特に、ダリッド(不可触民)の差別は根強い。政府の各機関にもカーストは残っている。制度の問題ではなく、意識の問題。暴力、レイプ、貧困、拒絶、行政機関の無視、社会的排除、結果として自殺にいきつく。身体的な面だけでなく、心も奴隷と化してしまう。

インドの若年層、15歳〜29歳、自殺率はとても高い。特に、ダリッドの学生は自殺率が高い。大学でも差別は残っている。最近、インド国内で大きな問題になったダリッドの大学院生のニュースがある。ダリッドであるからというだけの理由で、奨学金も止められ、大学から追い出された。退学させられた翌日に自殺。その学生の遺書を心理学的に分析。職業選択についてカーストの影響をつよく受けざるをえない。本来できることと、自分にできることには大きなギャップがある。カーストによる、乖離によって、自分は怪物になっている気がする。インドで自殺を無くすためにはカースト制度をなくすしかない。

ソーシャルメディアを活用して相談活動をはじめた。安心して話して良いことが伝わると、堰を切ったように自分の想いを語りだしてくれる。

社会的な環境を整えることが必要であるが、自分自身の内側の変化、社会的・個人的なスティグマ(烙印)を変えていかなければならない。

ナタシア・ナイルグプタ(インド、インテグレーティブ心理学者)

Natasha Nairインドでは、若年層の自殺率が高い。精神疾患者、統合失調症の患者も急増している。うつ病の患者は、5000万人ぐらいだと報告されている。しかし、病院にいけない貧困層も多いので、実際はもっと多いことが想定される。治療が必要な方の8割に、医療が提供されていないのが現状。

最近の研究によれば、母親がどのような生活をしているかによって胎児の成長に重大な影響を与える。母親の食事の影響も強い。遺伝よりも環境の方が大きな問題だと捉えている。

精神科を受診する人は変なやつだという世間の認識があり、受信しづらい。専門的な医療者不足。うつ病の理解もすすんでいない。病院も大都市にしかない。費用も高い。精神科医はほとんど欧米式だが、心理学も多様化し、東洋的な視点も注目され、トランスパーソナルなどの研究も進んでいる。

インドでは宗教者がとても尊敬され、宗教者の言葉ならば素直に聞いてもらえる傾向が強いので、宗教者が精神疾患の問題に関わると、多くの人が関心を抱いてくれる。寺院を利用することによって、地方でも診療ができるし、費用も安くできる。さらに、人的不足も解消できる。そこで、僧侶のための研究施設を開設。僧侶に対して研修を行う。仏教は既に心情や意識に対して、深い知見をもっている。そのため、その知見を精神疾患の文脈に当てはめるトレーニングを行う。仏教のメソッドは精神疾患の患者にも有用。

精神疾患を抱える方々は複雑な心情を抱えている。空虚、罪悪感、自己否定などなど。仏教的な価値観を伝えることを通して、その痛みを一緒に味わう。意識の改革が必要であり、そのために仏教思想はとても有効だと考える。

イレーヌ・ユーエン(アメリカ、米国ナローパ佛教大学)

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マインドフルネスは世界中で注目されている。マインドフルネスは対人支援者にとっても、とても重要。セルフケアという視点。マインドフルネスによって感情を平静に保つ、緊張を和らげる。マインドフルネスによって、手術の効率が良くなるという外科医もいる。

共感・コンパッションは、過剰に共感をすることによって、自分が精神的な困難に陥ってしまうこともある。コンパッションは思いやり、慈悲の心。つらく苦しみ悲しむ人に手を差し伸べること。意識だけでなく、身体の反応に注意を向けるマインドフルネスも大切。苦しみ悲しみに身体は反応しているが、意識まで届いていないこともある。

苦しむ人に向きあうためには、様々な方法がある。①共感、②相手の苦悩と背景を知る、③記憶、④倫理的・道徳的な感情にアプローチする(自分の偏った価値観を見つめる)。セルフコンパッションという視点。自分に慈悲を向ける、自分に優しさを注ぐ。この世界のなかで、苦悩するのは私だけではない。自分だけが苦しんでいるのではない。

ナローパ大学(チベット仏教系)では、1つの現象に対して、3つのレンズでみることを大切にしている。①プレモダン(伝統的なケア)は、儀式儀礼など。②モダン(近代的なケア)は、科学知識にもとづく。③ポストモダンは、文化的な背景に目を向ける。学びだけでなく実践的な学びを大切にしている。刑務所や軍の施設への訪問、インターン制度など。

アメリカでは各仏教系大学が連携するようになっている。仏教チャプレンなどの研修カリキュラムについての意見交換、正しい生業とは?、仏教の独自性とは?、認識論などをテーマとしている。各大学は中国系、チベット系など、一概に仏教といえども、それぞれ特徴がある。それぞれの共通点を異なる点を大切にしながら議論している。

ジンジ・ウリングハム(アメリカ、ウパーヤ禅センター、病院チャップレン、精神医療医)

JinjiWillinghamもともとは歴史学者、考古学を専攻していたが、息子が亡くなったことによって、人生が変化した。禅のこころを学んだ。精神医学の道を歩んでいった。病院ではたらくなかで、病院チャプレンになろうと思った。わたしたちの間にあるつながりって何なのだろうという問いをもっている。

アメリカの文化では苦しみについて話すことは少ない。強者でなければならない。しかし、苦しみ悲しみは人間的な成長のための気づきを促す。泥の中から美しく咲く蓮の華のように、苦しみ悲しみのある人生こそ、よりよい人生を歩むことにつながる。迷子になる、暗闇にいることは大切。暗闇に耐えることも重要。ギャンブルやアルコール中毒であったりする人に対して、お釈迦さまも同じような経験をしていたんですよ、と伝える。そうすると、自分だけじゃなかったんだと心が癒やされる。全ての暗闇の下には愛がある。苦しみ方を知っていると、苦しみを軽減できる。

セルフケアは、支援者にとっても大切だが、相談される人のセルフケアという視点も大切。

ショッピングやギャンブル、アルコール、セックスなど、様々な中毒がある。中毒や依存は不安による執着。中毒による対義語はつながりではないか。このつながりをいかにつくっていくことができるのか。子どもは自分らしく生きるスペースを求めているのに、大人の方からそのスペースをつぶしにかかることもある。メディアは若者にレッテルを貼り、苦しめる。お金は重要ではないと言い、ときに、何故自立しないのかと文句を言う。若い人にとって、家族のなかで排除されていることもある。家族のなかで孤立している。自殺の危機的な状況にある人は、感情・感度の高い傾向にある。

マインドサイト、インターンパーソナルな神経心理学では、自分の構成要素と自己同一するのをやめて、身体性も駆使して、自己をみつめなおすプロセスを踏む。誰にでもマインドフルネスやメディテーションをすれば良いというわけではない。対象の状況にあわせて、取りいれないといけない。

グスターブ・エリクソン(スウェーデン、ルーテル教会チャプレン)

GustavEriccsonキリスト教において自殺の問題は難しいテーマ。旧約聖書、サムエル記のなかで、自殺への言及がある。そのような聖書の言葉により、一昔前は、自殺した人は教会墓地には埋葬できないルールがあった。今ではそのようなところは減ってきているが、一部の宗派ではいまもそのルールを守っているところもある。

スウェーデンは、人口100万人の小国。自殺者数は年間1500人ぐらい。交通事故よりも多い。男性が1000人、女性が500人ぐらいの割合。年々自殺者数は減っているが、若者の自殺は減っていない。

スウェーデンでは、自殺のヘルプラインがある。そのヘルプラインに教会の聖職者も参加している。ロールプレイなどのトレーニングを継続的に受けている。ヘルプラインはスウェーデンで全国的に増えている。チャットの相談もはじめた。24時間以内に返信。

聖職者が関わるヘルプラインの目的は、キリスト教者に転派させるのが目的ではない。自分たちが聖職者であることを伝えるようにしている。話を聴くことが中心だが、求められたら聖書を読むこともある。相談のなかでは、秘密を保持している。何を聞いたか、誰と話したかを絶対に喋ってはならない。そのようなルールを共有することで、相談者にも安心してもらう。なので、どんな状況であっても、救急サービスや仲間を呼ぶことはできない。

電話相談の課題として、頻回の相談に対する応対がある。一日に20回もかけてくる人もいる。あるいは、教会への批判。性的なテーマでいやがらせの内容もある。しかし一方で、嫌がらせだと思っていても、しっかり電話を聞いていると実は目の前に自殺するために銃を用意していたり、ビルの屋上にいたりもする。自殺すると決断している人に対して、いかに対応するのか難しい課題。どうにか止めようと介入しようとすると電話をきられる。そのような時は、一緒にお祈りをしようとか、呼吸をしようと、一緒に何かをすることを提案する。そうすると、自分はひとりじゃなかったんだと気付いてもらえることもある。いつも上手くいくわけではない。

報告者:竹本了悟(浄土真宗本願寺派総合研究所、NPO法人京都自死・自殺相談センター)

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